Yuri Umemoto - Super Bach Boy (2020) for cello


「スーパーバッハボーイ」について

 

この作品は2020年、山澤慧無伴奏チェロリサイタル・マインドツリーシリーズの6年連続委嘱第一弾として依頼され作曲された無伴奏チェロのための作品である。

(マインドツリーのバッハシリーズは、2020年から6年間、J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲を毎年、第一番から順に1曲ずつフォーカスする)

 「スーパーバッハボーイ」は日本のゲーム文化、そして、バッハの無伴奏チェロ組曲第一番から発想を得て生まれたキャラクターないし音楽である。日本のゲーム文化、キャラクター文化の文脈を引用し、いわゆる「8bit」的な音楽語法を模索した。ここで模索した語法は後の作曲にも用いられている。

 作曲当時、私の興味の一つに日本のキャラクター文化があった。音楽にキャラクターを付随させることによって、受け手に強烈な印象や、ある程度共通した世界観を与えることができる。初音ミクなどのボーカロイドキャラクターはその一例と言えるだろう。私はその方法を西洋音楽にも用いることができるのではないかと考えた。

 それから、古今の西洋音楽において、作品・音楽そのものがオマケと化し、実際には作曲家の伝説的な逸話やその音楽の背景、世界観が消費されているという構造(歴史上の作曲家、例えばモーツァルトの「レクイエム」と、彼の死についての物語、ベートーヴェンの作品と彼の難聴に関する物語、パガニーニの作品と悪魔の物語、ロマン派の作曲家の作品と恋の物語、その他大勢の作曲家の作品と魅力的な物語は切っても切り離せないのである※1)を、日本の「物語消費」(※2)と接続し、その形態を浮かび上がらせることも念頭にあった。

 この作品はワールド1からワールド5までの、5つのステージからなり、それらステージを行きつ戻りつ、横スクロール」的に進行する。

ワープ音、レベルアップサウンドなどの、エフェクトサウンドが入り交じりながら曲は進行し、終盤は「バグ」でヒートアップ、最後はフリーズ状態となって電源が落とされるオチである。

 本作の後、続編も作曲され、「スーパーバッハボーイ2」はヴァイオリンのために、「スーパーバッハボーイ3」においては、改造スーパーファミコンと電光掲示板、ライブエレクトロニクスによるシステムを用いた、チェロのためのゲーム作品となった。

 

梅本佑利

 

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※1)クラシック音楽と物語消費の切っても切り離せない関係は、佐村河内守のゴーストライター事件(彼が難聴でありながら苦悩の中で作曲をしているというような、まさに西洋音楽における古典的で偉大な作曲家像を悪用したこと、広島の原爆や、東北の大震災などの歴史を引用した作曲をし、それを感動ポルノ的にメディアが取り上げたこと)によって、大きく表面化されたと梅本は考えている。

 

※2)ビックリマンシールやシルバニアファミリーなど、商品そのものが消費されるのではなく、それを通じて背後にある「大きな物語」(世界観や設定に相当するもの)が消費されているとされる、主に1980年代以降にみられる消費形態。(「物語消費論」:1989年に出版。大塚英志の著書、及びその概念。)